ブックカバー写真 『鷲は飛び立った』
By ジャック・ヒギンズ
だいたい続編だと思うからいけない...
単独の作品だと思えば十二分に楽しめる作品
 アクション小説の最高傑作のひとつに挙げられてしかるべき「鷲は舞い降りた」。今日はその続編である『鷲は飛び立った』をご紹介しようと思う。
 ムッソリーニを幽閉場所から奪還したヒットラーは言う。“それならチャーチルを誘拐してくることもできるはずだな?”... この特殊なミッションそのものもさることながら、それに関わった人々の描き方が素晴らしかった「鷲は舞い降りた」はアクション小説の大傑作である。当然の帰結としてその続編に与えられた評価は残念ながら手厳しいものばかりだったようである。
 「鷲は舞い降りた」は英国の田舎の村でドイツ落下傘部隊の墓を発見したある作家(おそらく作者ヒギンズ)が隠された歴史を掘り起こしていく展開だった。『鷲は飛び立った』はその本が売れてすっかり名が売れた作家のところに流出した“百年間非公開記録”が持ち込まれるところから始まる。しかし持ち込んだ女性博士は彼の家を出た直後に交通事故死。国家保安部の影を感じた彼は否応なしに再び隠された歴史を追うことになる。
 チャーチルを誘拐すべく英国に潜入したクルト・シュタイナ中佐以下14名の隊員達は不運な事故もあってミッションを達成することは出来なかった。身近に迫ったシュタイナもチャーチルの目の前で命を落とした... はずだったが実は彼は生きていた! その情報をキャッチしたゲシュタポのヒムラー長官はヴァルター・シェレンベルグ少将に指令を出す。“シュタイナを連れ帰れ!” そしてシュレンベルグはそれを唯一可能にするであろう男にコンタクトをとる。その名はリーアム・デブリン...。
 リーアム・デブリンはIRA最悪のガンマンでありIRA活動資金を得るため作戦に参加した。いわばテロリストであり一般的な物語では悪玉である。だが「鷲は舞い降りた」では作戦途中で出会った田舎娘に熱烈な恋心を抱いてしまい、一方もはや逃げ道のない戦いに仲間を見捨てることなく立ち向かう。デブリンの存在故に読者は彼やシュタイナに感情移入し影で彼らをコントロールしようとするヒムラーに怒りを抱くことになる。そんなデブリンはその後多くのヒギンズ作品に登場する馴染みのキャラクターとなった。一方シェレンベルグはやはり別のヒギンズ作品「ウィンザー公掠奪」で主役を張った人物だが何を隠そう若くして親衛隊の幹部となった実在の人物。他に無謀な飛行をする羽目になるアメリカ人パイロットのエイサ・ヴォーン、何か企んでいるらしいゲシュタポのベルガー少佐、デブリンに恋心を抱くメリイ・ライアン、英国貴族ながら英国に不満でドイツに協力するショウ兄妹、ロンドンの闇の世界を牛耳るギャングのカーヴァー兄弟、「狐たちの夜」などいくつかの作品にも登場する英国特殊作戦執行部D課のマンロゥ准将とカーター大尉、など個性豊かな配役が生き生きと躍動する。
 これまたヒギンズ作品お馴染みの?「ア・フォギィ・デイ・イン・ロンドン・タウン」が流れるロンドンにアイルランド経由で潜入したデブリンは神父に変装してシュタイナが幽閉されている修道院に入り込む。デブリンとシュタイナはたまたま来合わせたマンロゥ准将を人質にとりショウ兄妹の屋敷に移動する。しかし深い霧の中、エイサ・ヴォーン無事着陸できるのか? また欲に目が眩んだカーヴァー兄弟は? だがこの話はこの程度の内容で終わらない。ゲシュタポによるヒットラー暗殺計画、必死の逃避行、そしてデブリンが仲間達に笑顔で言う。“カイエド・ミラ・フォルチャ”... アイルランド語で“十万回の歓迎”という意味である。
 作家と会ったデブリンは当時の話をしてきかせる。その中に“シュタイナがいつも言っているよ”という発言がある。シュタイナ中佐は今も健在ということか? 多くの人が『鷲は飛び立った』に対し批判的である。恐らくそれは「鷲は舞い降りた」で脳裏に構築された美しい世界を壊されたくない、ということだと私は思う。だが一方そろそろ同窓会でもやりますかー、という軽いノリで書かれたとしたら『鷲は飛び立った』はその割には素晴らしい作品である。だいたい続編だと思うからいけないのであって、単独の作品だと思えば十二分に楽しめる作品だと思う。
 ところで先日「鷲は舞い降りた」の映画を見た。シュタイナにマイケル・ケイン、デブリンにドナルド・サザーランドという配役もなかなかであったが何よりドナルド・プリーザンス扮するヒムラー長官が抜群だった。『鷲は飛び立った』もそんなことを思いながら読んでいただきたい小説である。
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